(学会事務局注:本文章は、本学会正式発足直前の2006年12月に記されたものを原文のまま掲載しています。そのため「会長」ではなく「会長候補」となっています。)
会長候補の挨拶
吉川寛
大阪大学、奈良先端科学技術大学院大学名誉教授
日本ゲノム微生物学会設立発起人総会で、64名の発起人によって会長候補に推挙されました。発起人の構成を見ると従来の大学学部でいえば、医薬歯、農、工(情報を含む)、理および研究所とセンターに均等に分布しています。このような多様な分野の微生物学者に支えられていることを嬉しく名誉に思います。
本学会は2002年から毎年一回“かずさ”において開催されているワークショップ「微生物ゲノム研究のフロンティア」の発展として提案されました。ワークショップを主催した小笠原直毅教授を始めとする本会の設立準備委員会メンバー、およびワークショップを支えてきた多くの優れた微生物学者を差し置いて会長を引き受けることに重責を感じています。私のサイエンスに対する熱い思い、45年の微生物研究の歴史、さらにその間に培った医学・生物学広範な分野の人々との交流を生かして、学会の創設に尽力すると共に日本の学界に一石を投じたいと思います。
既に約500種類の微生物ゲノム配列が決定され、600種を超える配列決定が進行中です。又微生物群集を対象にしたメタゲノム解析技術が開発されています。このように微生物学研究は基礎から応用までゲノム情報を基盤にして飛躍的な展開を見せることは明らかです。かつての分子遺伝学のようにゲノム微生物研究が他の生物研究に先駆けて新しい研究のパラダイムを開拓しようとしているのです。
このような時期に微生物の広範な分野を横断する組織をゲノム学会として創設することはたいへん意義深いことです。年一回の年会における研究交流にとどまらず、大小さまざまなワークショップ、研究会を行って、若い研究者の教育訓練と共に世界の研究を先導する研究集団の育成と成長を目指したいものです。
一方、最小ゲノムの概念が提案されて以来、微生物ゲノムの改造や新種細菌の創造などを指向した研究が少なくなく、生態系への影響や細菌兵器開発の可能性など、社会的倫理にかかわる課題を無視することはできません。学会はこれらの課題にたいして研究者が社会的責任を果たせるような機能を持たねばならないでしょう。
私は諸外国には普通にあるGeneral Microbiology 学会が我国に存在しないことをかねがね残念に思っていました。これまでも分子遺伝学や組換えDNA技術のような普遍的な研究方法が生まれた時、微生物を対象とする広範な研究分野が共通のテーマとして議論し、相互に啓発する機会を失してきたと思うからです。本学会はゲノムを旗印にしていますが、それを仲介にしてGeneral Microbiology学会に相当するものを創設することに一層意義があると思います。
年会やワークショップ等に集まった研究者、特に学生や若い会員が微生物学の全分野を俯瞰し、総合的な理解をもった上で、自分の個別研究を評価する機会をもつことが可能になるでしょう。また、科学研究費の配分、大学や研究機関の講座や人事などを左右する国の科学政策について分野にとらわれることなく広い視野から検討し、提言できる民主的な組織として機能することができるでしょう。将来、ゲノムが古語となった時、本学会がGeneral Microbiology 即ち日本微生物学会として存続できるように今から心がけたいと思います。
硬いことを書き連ねましたが、学会は会員が自由闊達に語り合い、議論し、楽しめる場であることが何より大切なことです。これまで“かずさ”で行われてきた微生物ゲノムフロンティア研究会の、形式に捉われない雰囲気を持続して、微生物を愛する研究者が憩えるような場所をつくることを心がけたいと思います。皆様のご協力をお願いいたします。
2006年12月17日